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2007年9月29日 (土)

坂上田村麻呂

「坂上田村麻呂」 高橋崇 吉川弘文館 昭和63年

 

東北地方を小旅行する予定があり、その際毘沙門天参りするつもりだ。

そこで、大和朝廷の蝦夷征伐の英雄、坂上田村麻呂に関する本を読んでみた。

本の前半は田村麻呂の祖父や父の話が続き、その後は田村麻呂が登場する前の蝦夷征伐の難航ぶりが描かれる。

やけに前置きが長い。

そして、いよいよ真打田村麻呂の登場と思いきや・・・・・

実は田村麻呂が活躍した時代は「続日本紀」と「日本後紀」の端境期に当たり、正史の記述が脱落しているらしいのだ。

すなわち、坂上田村麻呂がどのように戦い、どのような戦果をあげたのか、詳しいことは私たちには分からない。残念。

しかし、蝦夷討伐の軌跡を読んでいると、これは征伐や平定ではなく、戦争なのだということが良く分かる。

蝦夷の方からみれば自分たちよりはるかに大きな国からの侵略戦争なわけだ。

東北地方には、達谷窟(西光寺)のように田村麻呂が建立したとされる寺社がたくさんある。

これらの多くは後世に坂上田村麻呂の伝説として広まったものがほとんどであり、観音堂は清水寺進行と、毘沙門堂は鞍馬寺信仰と関連があるらしい。田村麻呂が毘沙門天(多聞天)の化身であるという言い伝えがあるのだ。

ところで「蝦夷」という字は、「えみし」「えみす」「えびす」と読むのが本当であるらしく、「毛人」という字もあてる。

「えぞ」という呼称は平安末期以降に登場する言葉で、この呼び名を「蝦夷」という漢字に当てはめることが慣例化したようだ。

それでは、「蝦夷」と「えぞ」は同じ民族なのか?そもそも「蝦夷」はアイヌ民族なのか大和民族なのか?

この結論はこの本が出版された時点でははっきりとはしていないらしい。今でもそうなのだろうか。

2007年9月23日 (日)

『禅と日本文化』

Zentonihonnbunnka 『禅と日本文化』 鈴木大拙 岩波新書
最近禅がマイブームである。
禅の入門書としてとても有名な本書は、英米人向けに英語で書かれたものを翻訳したもの。
仏教に関してあまり知らない人でも禅とは何かわかる仕組みになっている。

第一章 禅の予備知識
第二章 禅と美術
第三章 禅と武士
第四章 禅と剣道
第五章 禅と儒教
第六章 禅と茶道
第七章 禅と俳句

時間がなければ第一章を読むだけでも禅について大雑把な知識を得ることが出来る。
といっても、禅は知識や理論ではなく体験だというのがその肝であるのだが・・・

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